悪太郎 〜あくたろう〜
大酒のみの悪太郎は、伯父がその行状を気遣っていると聞いて気に入らず、押しかけていって薙刀を振り回し、事々に嫌味を並べながら大酒を飲み、帰る途中泥酔して道端に寝込んでしまいます。
甥の酔態を心配して様子を見に出た伯父は、この態を見て何とか改心させたいと思い、寝ているうちに薙刀を取り上げ、頭を剃って法体にし「南無阿弥陀仏」と法名を付けて帰っていきます。やがて目を覚ました悪太郎は、変わり果てた自分の姿をてっきり夢のお告げと信じてしまい、心から前非を悔い、唯一心に弥陀を頼んで後世を願おうと思い定めるのでした。
悪人正機(悪人こそ阿弥陀様の本願に救われる対象であると言うこと)を端的ユーモラスに描いたものですが、前半の大酒を飲むところも、終末の悟りに到る様態とともに見所の一つです。
柿山伏 〜かきやまぶし〜
修行を終えた山伏が、下向の途中喉が渇いたので柿の木に登り、夢中になって食べているところへ、持ち主の百姓が現れて、散々になぶられます。あげくに鳶の真似をさせられて木の上から飛び降り、したたかに腰を打って・・・・・
いかめしい足運び、飛ぶ鳥も祈り落とすほどの尊大な態度をとっていても、実力が伴わなければ、たちまち醜態をさらしてしまいます。
柿の木に見立てた葛桶(かずらおけ)、象徴的な祈りの言葉は狂言独自のものです。
蝸牛 〜かぎゅう〜
大峯葛城山で修行を終えた山伏が、羽黒山へ帰る途中、長旅に疲れて藪の中で休んでいました。
さて一方、主人に言いつけられた太郎冠者は、寿命長遠の薬になるという蝸牛(かたつむり)を捕りに行くことになりました。ところが蝸牛とはどんなものかを知らない太郎冠者は、教えられたとおり藪へ行き、そこで山伏を見つけ声をかけます。
山伏にからかわれているとも知らず、その姿かたちが聞いたとおりのものなので、山伏をすっかり蝸牛と思い込んでしまいます。
是非とも連れて帰ろうとする太郎冠者に、山伏は面白い囃子ものを教え、その拍子に乗って浮かれ戯れているところへ主人が迎えに来ます・・・・・
「雨も風も吹かぬに 出ざ(ずば)かま(殻)打ち割ろう でんでん虫々・・・」と謡うリズムに乗ってひたすら楽しく、人気曲の一つになっています。
蚊相撲 〜かずもう〜
「かくれもない大名!」と威張っていながら、召使は一人しかいません。これでは何かと不自由なので新人を抱えようと太郎冠者に命じて探しにやりました。
そこへ江州森山の蚊の精が現れ、人間に交わり血を吸おうとして通りかかります。
そうとは知らない太郎冠者は、手ごろな者が見つかったと喜んで連れ帰ります。なんとその新参者は、弓・蹴鞠・料理・碁・すごろくを嗜み、馬術や相撲の心得まであるというではありませんか。大名も相撲が好きなので早速見たいと思いましたが、ふさわしい相手が誰もいないので、やむなく自分が相手になります。ところが立ち合うなり不思議な手を使われて大名は目がくらんでしまいます。
相手の正体をそれと察した大名は守りを固めて再度の挑戦を申し入れます。
大名と蚊の精の相撲という奇想天外な狂言です。
口真似 〜くちまね〜
主人はあるところから酒をもらったので、誰か相手になる人を呼んで来いと太郎冠者にいいつけました。
太郎冠者は思いついた人を訪ね、「ご主人とは交際がないから」と言うのを無理に連れてきます。
主人が陰から見ると、有名な酒乱の人物なのですが、無理に連れて来た手前穏やかに帰そうと考え、太郎冠者に自分の言うとおりに行動するようにと言いつけます。
冠者は主人のものまねをすればよいのだと勘違いをし、一挙一動主人のものまねをするので、怒った主人が冠者を打ち倒します。
太郎冠者の愚かな勘違いを題材にした単純明快な作品です。
首 引 〜くびひき〜
天下に武名の高い鎮西八郎為朝が、西国から都へ上る途中、播磨の印南野を通りかかると、にわかに鬼が現れ自分の娘に人間の食い初めをさせたいと言う。
為朝が「力比べをして負けたら大人しく食われよう」と言うので、姫は恥ずかしながら腕押し・すね押しをするがとてもかないません。次に首引きをすることになり、これも負けそうになって、見ている親鬼は気が気でなく、急ぎ眷族の鬼どもを集めて姫に加勢させ拍子に乗って賑やかに応援します。
りりしい為朝に対する娘心がほほえましく、また親鬼も実は全くの子煩悩で、娘のこととなると夢中になってしまうその様子は、何やら人間世界のそれを見ているようでおかしいやら哀しいやら。
小 傘 〜こがらかさ〜
田舎の人が在所でお堂を建てましたが、堂守の僧がいないので街道筋へ探しに行きました。
食い詰めた博奕打ちが俄か坊主の姿になり、手下のものを連れて旅しているのに出会い、連れて帰ります。
博奕打ちは賭けをするときに聞き覚えた小唄をお経のような節をつけて唱え、参詣人たちをごまかし、皆が法悦の喜びに浸っているすきに数々の施し物を盗んで逃げてしまいます。
参詣人たちが、偽坊主と気が付き追いかけて行った後、一人残った老女は大切な小袖を騙し取られてしまったと、腹を立てて罵り嘆きます。
たぶん小粋な女性のことを謡ったのであろう小傘の歌を経文に聞かせてしまうところが秀逸です。 ♪きのう通る小傘が今日も通り候〜
磁 石 〜じしゃく〜
田舎の人が都へ上る途中、大津松本へさしかかり、市を見物していると、そこへ人身売買のすっぱ(詐欺師)がやってきて言葉巧みに近付き、宿屋へ連れ込んで休ませました。
宿屋の亭主は実は人買い商人ですっぱから田舎者を買いうけ、代金は明朝支払おうと約束していました。
これを陰から盗み聞いた田舎の人は、先回りをして銭を受け取り、さっさと逃げ出してしまいます。
逆に騙されたと知ったすっぱは、後を追いかけ太刀を振り上げ脅かすと、田舎者は俄かに「磁石の精」だと名乗って太刀を飲み込もうとする。試しに太刀を鞘に収めると田舎者はクラクラと目を回して気を失ってしまします。
てっきり死んでしまったと慌てたすっぱは、太刀を供え神妙に呪文を唱えて蘇生を祈っているところ、田舎者は急に起き上がって太刀を振り上げ、すっぱを追いかけて行きます。
人をたぶらかすはずのすっぱは、気が小さく抜けており、一方この田舎の人にはしたたかな知恵があって・・・ 「磁石の精」とは何とも奇抜な着想ではありませんか!
清 水 〜しみず〜
お茶会を催すので水を汲んで来るようにと言いつけられた太郎冠者は、しぶしぶ承知したものの一計を案じ「野中の清水へ行くと鬼が出て、手桶を噛み割ってしまったので逃げて帰った」と、主人に報告します。
それを怪しんだ主人が確かめに行くと、太郎冠者は恐ろしい面をつけ、鬼の姿となって主人を威します。
酒のこと・蚊帳のこと・給料のことなど、仮面の勢をかりて、人使いの悪い主人への不満をぶちまけます。
顔を隠さないと本音を言えないとは情けないことながら、当時の下人の哀歓を垣間見せて共感を誘います。
宗 論 〜しゅうろん〜
宗派争いを風刺したもので、浄土僧と法華僧が道連れになったことから争いが始まります。
宗派の優劣を議論しようということになり、まず法華僧が「五十展転随喜の功徳(ごじゅってんでんずいきのくどく)」を「ずいき芋」にかけた珍妙な説法をすると、浄土僧も「一念弥陀仏即滅無量罪(一念みだぶつそくめつむりょうざい)」を食事のお菜解した滑稽な説法をし、果ては読経争いとなり、念仏踊りになって浮かれ出し、大声でお経を称えているうちに、気が付くと二人は「南無阿弥陀仏」と「南無妙法蓮華経」を取り違えてしまっています。
同じ仏教徒であっても、浄土僧の柔と法華僧の剛の違いがあからさまであり、その対比が面白い取り合わせになっています。
梟山伏 〜ふくろやまぶし〜
昔、万物には霊魂が宿っていると信じられ、これを畏怖する心厚いものがありました。精神を病んだ人を「狐つき」と言って怖れたのも、そんなに遠いことではありません。
さて、山から帰ってきた弟が、何やら物の怪(もののけ)にとり憑かれたようなので、山伏に加持祈祷を頼みます。 山伏は、難行苦行の果てに超能力が備わり、難病奇病もたちどころに調伏できる者として当時の尊敬を集めていました。
この山伏が尊大に構え、いかがわしい呪文を唱え、盛んに祈るのですが一向に効き目がなく、兄まで奇妙な声を出し始めます。
フクロウの祟りで気がふれたと見て、ますます精根をかたむけ、印を結び数珠を揉んで祈りに祈ったところが・・・・・
ユーモラスな結末のうちに、権威失墜の一抹の哀れさが漂います。
附 子 〜ぶ す〜
太郎冠者・次郎冠者二人の召使を呼び出した主人は、桶を持ち出し「この中には附子という猛毒が入っているから大切に番せよ」と言いつけて外出します。
二人は附子の方から吹いてくる風に当たってさえ滅却する(気を失ってしまう)と言われるので、扇であおぎながら近付き、怖いもの見たさに蓋を取ってみると、なんとそれは砂糖(精製していない黒砂糖・当時の貴重品)でした。
二人は奪い合って全部食べてしまい、さてその言い訳にしようと主人秘蔵の掛け軸を破り、天目茶碗を打ち割ってしまいます。
やがて主人が帰ってくると二人揃って泣きまねをし「お留守中居眠りなどせぬようにと相撲をとるうち、大切な品々を壊してしまったので、死んでお詫びをしようと思い附子を食べてみましたが・・・・・ と謡がかりで報告します。
説話集『渉石集』の「児ノ飴クヒタル事」を原作とし、呑嗇(けち)な主人と茶目っ気のある召使の振る舞いを明るく描いた作品です。
無布施経 〜ふせないきょう〜
毎月のきまりで檀家へお参りに来た僧が、読経を済ませて帰りかけたところ、どうしたことか貰えるはずのお布施を出してくれません。
これが今後の例になっては困ると思い、再三後戻りしては雑談や説法にことよせて執拗に謎をかけますが、施主の返事は上の空です。
ついには袈裟を懐に隠し、置き忘れた振りをして探しに戻ったり、あの袈裟はねずみが穴を食い開けたので〈ふせ縫い〉がしてあるなどと言ったので、やっと施主もお布施に気がついて出してくれました。
僧は対面上、すぐ受け取ることもできず、辞退してみせる虚栄心・・・・・
人間の弱点をユーモラスに、そして一抹の哀愁を漂わせて描いた名作です。
二人袴 〜ふたりばかま〜
中世の頃、結婚の後、夫が妻の実家を訪ねる儀式を「聟入り」といいました。
さて、ここに世間知らずの若い夫があり、その婿入りに一人で行くのを心細がるので父親が門口まで付き添ってやります。
礼装の長袴をはかせてやり、自分は外で待っていますと、それを舅の家の太郎冠者が見つけ座敷へと招きます。
しかし袴は一つしかありません。親子交代で履き替え、舅の前に出て挨拶するうち「両人ご一緒に」と誘われ、止むを得ず一つの袴を二つに分けて出るのですが、そうとは知らぬ舅に祝いの舞を所望され、聟と父親は困ってしまいます。
舅は親愛の情から、初めて会った聟の素養の一端に触れてみたいと思ったのでしょう。
人それぞれの感情が暖かく描かれており、花嫁は舞台に登場しませんが、華やいだ雰囲気の漂う明るく楽しい狂言です。
水掛聟 〜みずかけむこ〜
農民にとって田植え時の水は何より大事です。中には畔の水口をこっそり付け替えて自分の田へ水を引き込むなど、死活問題の争いにもなります。
舅と聟は隣り合わせの田で、見回りに来た二人は水争いになり、鍬と鋤で水の掛け合い・泥の掛け合いから取っ組み合いになります。
仲裁に駆けつけた妻は、結局夫に加勢して舅を倒してしまいます。
二人の後姿に向かって『来年からは祭に呼ばぬぞよ』という舅の言葉には、血縁地縁に深く関わるほろ苦さが漂います。
貰聟 〜もらいむこ〜
酒乱の男が、今日もまたしたたかに酔って道々放歌高吟。「総じて人間の楽しみは、春は花、秋は月、とはいえ俺はただ酒じゃ」と言いつつ千鳥足で帰るなり、女房に散々無理無体な嫌味を並べて、とうとう追い出してしまいます。
泣く泣く実家へ帰る女房をあざけりつつ、また繰り返すはしご酒。
一夜明けてやっと正気に目覚めると、女房の姿が見えません。子どもも母を探して泣いています。
近所の人に尋ねると、なんと昨夜も大酒の果ての例の乱行。人を頼んで詫びを入れてもらおうにも、あまり度々のことなので外聞も悪く、やむなく一人で妻の実家を訪ねますが、どうも今日は敷居が高くて入りにくい。
そっけなくあしらう舅のご機嫌をとりながら、くどくど言い訳を並べますが、なかなかとりあってもらえません。
六地蔵 〜ろくじぞう〜
田舎に住む人が、今生後生の安楽を願うため、在所に住む人たちと心をあわせて地蔵堂を建てました。そこに六体の仏を安置したいと考え、都へ地蔵を求めにやってきます。とは言っても 仏師を知っているわけではありませんので、物売りの呼び声のように大きな声で呼ばわって仏師を尋ねていると、そこへ都のすっぱ(詐欺師)がやってきて、自分こそ真の仏師だと偽って近づきます。
すっぱは明日までに六体の仏を作って渡してやろうと約束し3人の仲間を集めて相談し、それぞれに地蔵の扮装をさせ、三体は本堂に、後の三体は鐘桜堂に置いてあると言って場所を変えて拝ませます。
田舎の人が両方を度々見比べるので、三人はその都度印相(仏の手指)の形が変わってしまい、雁仏師は大慌て・・・・・
この徒者たち、詐欺をはたらく悪党ながら、なんとも憎めないところがあります。
六人僧 〜ろくにんそう〜
ある人が後世安楽のため、二人の同行を誘って諸国の仏詣でを始めました。
道々話をしているうち、仏の本願に従って、例え冗談にしろ《腹を立てまい》と硬く誓いを立てました。
さて、一休みしているうち、同行の二人は寝付けぬまま悪戯心を起こし、寝入った一人の頭を剃ってしまいました。
目覚めた人は、大変腹を立てますが、三人で立てた誓いの手前、一時は堪忍をするものの、腹に据えかねて一計を案じます。そして二人のお内儀に、言葉巧みに頭を剃らせた上、尼にさせ、なお同行の二人をも出家させてしまいます。
二転三転「これも仏の方便じゃ」と悟り、三人の尼と三人の同行は仏道修行に旅立ちます。
西日を仰ぎながらの最後の謡は、人生を顧み、しみじみとさせられます。